■無法時代(初代パワ板/パワ板初期、喧嘩時代前まで) □初期(2004年以前) 管理放棄(?)により初代パワ板が誕生。 三郎総長、侍大佐、曙次郎などが中心。 管理人はケンタウロス。 □中期(2005年1月〜5月上旬) 零、神楽、カレー丼、しもさこ、灸、ツバサ、燕、花月組等の現古参が続々出現。 一つの喧嘩が拡張したり無差別に喧嘩を行なわれたりとまさに無法地帯≠ナあった。 毎日退屈のない喧嘩が起き強き者が生き残る弱肉強食の世界であった。 □後期(2005年15月中旬〜7月上旬) 大量宣伝の結果、当時の花月組のサイトに主流メンバーが集まった。 順調であった初代パワ板だがある日突然壊滅した。(当時の住人の何割かは行き場を失い死亡) スナイパーが二代目パワ板を開設。住人達が力を合わせ新住人を呼び寄せた。 -まかの影響により喧嘩界への進出。 ■喧嘩時代(パワ板中期〜パワ板閉鎖) □初期(2005年7月中旬〜9月下旬) まかや喧嘩師の影響により喧嘩時代へ突入。 零、花月組、燕、柊しみひろ等が中心となる。 □中期(2005年10月上旬〜12月中旬) 馴れ合い派の大量生産によりパワ板が激変。 殺伐とした空気がなくなりつつあった。 □後期(2005年12月下旬〜2月中旬) 馴れ合い時代に突入。喧嘩時代は終わらず。 喧嘩師の勢力はダウン。パワ板は普通のネパワサイトのような状態となる。 このころの代表的な新参はおジャなど。 ■馴れ合い時代(DDT初期〜) パワ板史上もっとも長い時代。 長いので更に区分されている。 二代目パワ板閉鎖、パワ板住民DDTに移住。 □第一馴れ合い期(2006年1月〜4月) ネパワの新参増加。このころ喧嘩時代の名残があり 「DDT=喧嘩OK」と解釈する人間が多かった。 杉並や梅宮がこのころの代表的な新参。 □ネタ馴れ合い期(5月〜7月) かつての殺伐とした空気が完全に消えネタ師が増加。 ほとんどが面白くもない自慰ネタを連発していたネタ師気取りの香具師。 そのせいで雑談のほとんどがネタへと発展してしまう、わけの分からない展開に。 このころにやってきた新参は正直覚えていない。 □第二馴れ合い期(8月〜10月) 神楽自演騒動、柴崎の登場など伝説ともいえる事件が勃発。 住人は多数で一人を叩くような群集心理が生じた時期。 群集心理によりこの時期は保たれていたのだと思える。 代表的な新参は空、地丹、ローラ・ちゃんなど。 □騒動期(10月〜12月) キキやYAKOなどのルールを守らない人間が増加。(後にアク禁事件の引き鉄に) 雑談板で度々喧嘩が起こってしまい水前寺がついに喧嘩板を設置。 DDTに喧嘩という言葉返ってきた時期である。うpがこのころやってきた。 □喧嘩反乱期(07/1月〜3月) 革命軍の登場、ヲチスレの煽りにより喧嘩派の勢力があがる。 さすがの水前寺も動揺をみせ、花月組の助言により雑談掲示板での喧嘩が解禁される。 これにより喧嘩は更に増加。 そんな中、昴流・うpの喧嘩塾への宣戦布告により喧嘩塾と開戦となる。 戦争は馴れ合い時代の影響もありなすすべなしのDDT住人。喧嘩塾に完敗する。 □第三馴れ合い期(07/4月〜6月) 革命軍壊滅、喧嘩塾戦終戦により喧嘩が減少。 第二馴れ合い期のような状態になり安定してきた時期。 4月という事もあり住人の顔ぶれも減少した。 特にこれといった事件がないので一番平和な時期かもしれない。 □過疎期(07/7月〜08/2月) マンネリ化により住人が一気に減少。 休日でも閲覧者2、3人が当たり前になる。 余りの過疎っぷりにうpなどの書き込みが目立つ。 羽入軍団の登場により多少活気は取り戻した模様。 □安定期(08/2月〜 DDTの更新頻度が少なくなる。新参は知らん。 特に争い事もないため多分このままこの時期が続いていくだろう。